1500年前の「困り顔」が愛しすぎる。
東京国立博物館・河野研究員が語る、推し埴輪の見つけ方

公開日 / 2026.04.24更新日 / 2026.04.24

じつは巷で密かに愛好家を増やしている「埴輪(はにわ)」。2024年度に開催された、約50万人を動員した話題のはにわ展の仕掛け人である東京国立博物館の研究員・河野正訓さんに、「旅と、私と、」編集部が埴輪の人気の秘密を伺ってきました。

歴史の教材から「癒やしのスター」へ。
大人たちを虜にする、埴輪の“なんともいえない”表情の魔力

古墳時代に作られた素焼きの焼き物、「埴輪(はにわ)」。なんともいえない愛くるしい姿や表情など、歴史の授業で習ったことを覚えている方も多いはず。その埴輪が、なんと数年前より静かなブームを巻き起こしているのです。

象徴的なのが、2024年度に東京国立博物館と九州国立博物館で開催された特別展「はにわ」。なんと両会場で、異例の合計約50万人という動員数を記録しました。さらに、埴輪をモチーフにした祭りやイベントは全国にも展開。例えば、大阪府高槻市の今城塚古墳で開催される「古墳フェス はにコット」には、毎年3万〜4万人もの来場者が訪れています。

河野正訓氏より提供

特徴は、その盛り上がりを支えているのが学者や研究者ではなく、一般の「埴輪ファン」であるということ。SNSを通じて埴輪に関する情報を交換しあったり、ぬいぐるみやアクリルスタンドなどの埴輪グッズを購入したり、またはイベントに足を運んだりと、埴輪の推し活にいそしむ方々が増えています。

河野正訓氏より提供

最近では、埴輪が海外に展示される機会もあるようで、その人気はワールドワイドに展開。人々はなぜ、埴輪に魅了されるのか。その謎を解明するべく、はにわ展のチーフを務め、展示の企画・監修から図録執筆、音声ガイド監修まで 幅広く担当した、東京国立博物館 研究員の河野 正訓さんにお話を伺いました。

教えてくれた人

河野 正訓(かわの まさのり)

専門は日本考古学(おもに古墳時代)。2005年明治大学卒、2011年京都大学大学院博士後期課程研究指導認定退学、2012年京都大学博士(文学)。明治大学古代学研究所研究推進員等を経て、2014年東京国立博物館入職。現在、東京国立博物館考古室長。

権力者の墓に置かれ、亡くなった人の鎮魂を担った埴輪

河野先生、今日はいろいろと埴輪のことを教えてください。先生の顔の横にあるお団子のようなものは何でしょうか?

これは古墳時代(3世紀半ば〜6世紀)の成人男性の髪型「みずら」を再現したカチューシャです。はにわ展でも販売したんですよ!

バラエティ豊かなグッズ展開をされていたのですね! 多くの人が古墳時代に親しみを感じるのが分かる気がします。では早速お聞きしたいのですが、そもそも、埴輪とは何なのでしょうか?

埴輪は、まさにこの「みずら」の髪型をした人がいた時代、古墳時代に作られた土製の造形物です。混同されやすい存在として「土偶」が挙げられますが、埴輪とは全く別の文化遺産なんですよ。

埴輪と土偶の違いをもう少し詳しく教えてください。

土偶はいまから1万年以上前に始まった縄文時代のもので、時代がそもそも違います。また、土偶が基本的に集落跡地から出土されるのに対し、埴輪は古墳という、王などの権力者を埋葬する墓で見つかることが多いです。このことから、土偶が人々の日常生活の中で使われていたのに対し、埴輪は古墳の上や周囲に置かれて使われていた、という違いが読み取れますね。

権力者のお墓に置くということは、埴輪にはどういう役割があったのでしょうか?

研究者の間で解釈に幅があるものの、私は「亡くなった人の鎮魂のために作られた」という見方をしています。また、一口に鎮魂といっても、埴輪の形態によって、意味も少しずつ異なるようです。例えば円筒状の円筒埴輪は、「聖域」を示す目印のような役割を担ったとされます。そのほか、盾を持った人を表した盾持人(たてもちびと)やニワトリ型の鶏形埴輪は、邪悪なものが古墳に入り込まないよう守る魔除けだと考えられます。

いろいろな種類があるのですね。

人や動物、男性もいれば女性もいる、また職業も多岐にわたります。その多様性も埴輪の面白さでもあります!

興奮したり、怯えたり……表情豊かな埴輪たち

先ほど先生から紹介していただいた盾持人は、愛嬌のある笑顔が印象的ですが、これは魔除けの役割を果たせるのでしょうか?

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

盾持人は古墳の最外周に配置されるガードマン的な存在なのですが、かつて笑顔は悪いものを寄せ付けない機能があると信じられていました。ですので、この笑顔にも「威嚇」の意味があるようなのです。

そういわれると、納得です。笑顔の中に不気味さもあって、なかなか近寄りがたいですね。

はい。大きな顔も、どんなささいな音でも聞き漏らさないような大きな耳も、威嚇の意味があると考えられています。

埴輪の表情にそんな意味があるとは驚きでした。他にどんな表情がありますか?

例えば「鍬を担ぐ男子(群馬県伊勢崎市 赤堀村104号墳出土)」という埴輪は、とても穏やかな笑みを浮かべていますが、魔除けのほか、豊かな実りを喜んでいる姿という説もあります。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

「挂甲の武人(栃木県真岡市 鶏塚古墳出土)」という埴輪も、武人像でありながら微笑んでいます。大刀に手をかけているものの、戦っているのではなく、儀式(式典)に参加している人物ではないか、という説もあります。目の周りに塗られた赤色も、儀式用の化粧だと解釈されます。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

笑顔にもいろいろな意味があるのですね。

表情を持つのは人間だけではありません。動物をかたどった「動物埴輪」にも表情が認められます。例えば、次の「鹿形埴輪(茨城県つくば市下横場字塚原出土)」ですが、目が垂れ下がって、とても困った表情をしています。よく見ると、背中に矢じりが刺さっていて、獲物として狩られる寸前の悲しみを表しているようなのです……。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

どこか哀愁が漂いますね……。でも、その困り顔も不思議と愛しく見えてきます。

こちらの「犬形埴輪(群馬県伊勢崎市 剛志天神山古墳出土)」は、舌や牙を出し、耳をピンと立て、いまにも襲いかかりそうな、興奮した表情を見せています。首輪と鈴をつけていることからも、この犬は人に飼われた狩猟犬で、狩猟の場面を表していると考えられます。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

表情からストーリーも浮かび上がってくるのは興味深いですね!

そうなんです! 古墳時代には文字資料がほとんど残されていないため、埴輪は当時の人々の生活ぶりや、価値観や儀式を知る上での非常に重要な手がかりでもあります。

解釈は個人の自由、想像力豊かに鑑賞できるのが最大の魅力

お話を伺っていると、随所に先生の埴輪愛を感じます。数ある埴輪の中から、先生が個人的に好きなものを教えていただけますか?

大変迷いますが……東京国立博物館が所蔵する埴輪から、個人的な「推し」を選んでみました。

河野先生の推し埴輪ランキング

【人物埴輪 部門】

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

1位 埴輪 鍬を担ぐ男子
一番好きな作品です。豊かな笑顔が魅力的で、全体的に丸みを帯びた「かわいい」表現をしています。その表情の豊かさから、日本だけでなく海外でも人気が高く、タイや中国の博物館での展示にも派遣されています。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

2位 国宝 埴輪 挂甲の武人
日本で初めて国宝に指定された、国宝埴輪の第一号。2017年から約3年かけて行われた大規模修復にも関わり、我が子のように大切に育てた思い入れがあります。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

3位 埴輪 踊る人々(その内一体)
最も有名な埴輪の一つで、「元祖ゆるキャラ」。目や口が丸い穴で極限まで省略化・退化した表現が特徴。謎が多く、私の研究対象の一つでもあります。

【動物埴輪 部門】

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

1位 重要文化財 猿形埴輪
数が少なくレアな猿形埴輪の中でも、特に表情が豊かです。横を向いているのは、背中に背負っていた(現在は剥落)子猿を気遣っている表情だと解釈されています。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

2位 犬形埴輪
動物埴輪の中で巧みな表情を持つ数少ない例です。首輪や鈴をつけていることから、権力者に飼われていた狩猟犬であると考えられています。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム

3位 鶏形埴輪
鶏は当時、朝に鳴くことから太陽を導く役割や魔除けの役割があると信じられていました。一般的にデフォルメされることが多い鶏形埴輪の中で、この作品は非常に写実的に作られ、トサカも赤く塗られています。

どの埴輪も魅力的です! 人物埴輪は、有名な踊る埴輪が3位というのが意外でした。

1位の「埴輪 鍬を担ぐ男子」は、私にとって「挂甲の武人」や「踊る人々」に続く“次世代のスター候補”でもあります。これからじっくり育てていきたいと思っていて、いまは積極的にプロモーションしているところです。

プロモーション中と聞くと、なんだかアイドル事務所のプロデューサーのようですね。

近いところはあるかもしれません。埴輪の価値を現代に伝えることは、私の役目の一つ。そのため、博物館での自身の仕事について質問された際、「埴輪のお世話している人です」と答えると、みなさんに結構ウケてくださいます(笑)。

最後に、埴輪の楽しみ方についてアドバイスをいただけますか?

埴輪って、実はよく分からないことが多いんです。古墳時代は文字資料がほぼないため、意味を一つに決めきれない。だからこそ、難しく考えすぎず、もっとラフに楽しんでいいと思っています。たとえば表情を見て、「この人、何を考えてるんだろう」と想像してみたり、「かわいい」「かっこいい」と直感で感じたり。誰かに似てる、なんて感想も良いと思います。

そんなに自由で良いのでしょうか?

もちろん! それに埴輪は、見る角度や照明で表情がガラッと変わります。同じ埴輪でも、展示場所が変わると別人に見えることもある。写真を撮ってSNSに上げたり、表情で大喜利のように遊んだりするのも、いまの時代らしい楽しみ方だと思います。もし機会があれば、埴輪が出土した古墳や土地を訪ねてみるのもおすすめです。現地の景色や空気に触れると、博物館で見た表情がふっと立ち上がってくることがありますよ。埴輪は子どもから大人まで楽しめる文化財なので、ぜひ「推し」を見つける感覚で、気軽に向き合ってください。

※記事内の埴輪画像は、ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)より出典。展示状況により、現在博物館で公開されていない作品も含まれます。

※作品の解釈については諸説あり、河野正訓氏個人の研究的知見も含まれています。最新の展示情報については、東京国立博物館公式サイトをご確認ください。