100年先につなぐ「ねぶた愛」 第1回「ねぶたに命を吹き込む」

公開日 / 2026.07.29

ねぶた制作中の北村麻子さん(撮影:成田恭平)

ねぶた制作中の北村麻子さん(撮影:成田恭平)

全国にはそれぞれ異なる魅力をもつ祭りがありますが、中でも熱気と迫力にあふれる「青森ねぶた祭」を知らない人はいないでしょう。幅9m、高さ5mもの巨大な人形灯籠「ねぶた」が青森の街を練り歩き、「ラッセラー!」の猛々しい掛け声が響き渡る――。その情熱的な光景は、一度目にすれば決して忘れることはできません。

この祭りがこれほどまでに人々を惹きつける理由、それは特別な「一体感」。初めて青森を訪れた観光客であっても、正装を身にまとえば踊り手「跳人(ハネト)」として、その熱狂の渦へと飛び込むことができます。「青森ねぶた祭」は、熱気を直に感じられる他に類を見ない祭りなのです。

私たちを魅了してやまない「青森ねぶた祭」。その背景には、ねぶたを造る「ねぶた師」を中心に、青森市民一丸となって伝統文化を後世につないでいこうと奔走する人々がいます。本シリーズでは彼らにスポットを当て、知られざる制作の舞台裏と、彼らがねぶたに注ぐ熱き想いを紐解いていきます。

北村麻子さん(撮影:成田恭平)

北村麻子さん(撮影:成田恭平)

ねぶた祭を支える屋台骨「ねぶた師」

今回の記事を書くにあたり、ねぶた師の北村麻子さんに多大なるご協力をいただきました。
青森ねぶた祭では、さまざまな企業や団体により、22~23台の大型ねぶたが運行されています。その中でも麻子さんは、青森市民有志による運行団体「あおもり市民ねぶた実行委員会」のねぶたを制作しています。(2026年6月現在)


ねぶた師・北村麻子さん プロフィール
1982年10月生まれ、史上初の女性ねぶた師。
父であり、数々の功績を残している六代目ねぶた名人・北村隆さんに師事し、2012年にあおもり市民ねぶた実行委員会のねぶた「琢鹿(たくろく)の戦い」でデビュー。
その年に最も評価されたねぶた師に贈られる「最優秀制作者賞」をはじめ、数々の賞を受賞している実力派。

「ねぶた」はどうやって作られる? 制作の工程

ねぶた制作の工程(イメージ)

ねぶた制作の工程(イメージ)

ねぶたの制作工程は、大まかに6つに分けられます。

① 構想・下絵(9月〜1月頃)
② 小屋入り・骨組み(4月〜5月頃)
③ 照明(5月〜6月頃)
④ 紙貼り(6月頃)
⑤ 書割(かきわり)・蝋引き(ろうびき)(6月中旬〜7月上旬)
⑥ 色付け(6月中旬〜7月上旬)


本シリーズの第1回・第2回では、実際にねぶた制作の流れを追いながら、ねぶた小屋内の様子と譲れないこだわりに迫ります。

2026年のねぶた『道成寺』に込められた想い

2026年・北村麻子さん作『道成寺』下絵(撮影:成田恭平)

2026年・北村麻子さん作『道成寺』下絵(撮影:成田恭平)

前年の祭りが終わると、ねぶた師は次の構想を練り始めます。テーマの選定からねぶたの完成まで、約1年かけて大作を制作するのです。
構想が固まったら、ねぶた師はまずテーマに合わせた「下絵」を描きます。これがねぶたを立体にするうえでの設計図となります。

北村麻子さんが2026年に制作するねぶたのテーマは『道成寺』。歌舞伎や浄瑠璃の演目として知られる作品です。
主役は旅の僧“安珍”と、彼に恋をした“清姫”。2人は再び会う約束をしたものの、安珍は反故にしてしまいます。裏切られた清姫は、大蛇に姿を変えて安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げ隠れた安珍を焼き殺してしまいました。……そんな『道成寺』の物語は、一見すると「女性の執念を感じる恐ろしい話」のように感じます。

北村麻子さん

北村麻子さん

なぜこの作品を取り上げたのかと伺うと、麻子さんはこう答えてくださいました。
「ねぶた師の父(北村隆氏)に弟子入りするときに、自分の本気度を見せるために下絵を描いたんです。そのテーマが『道成寺』でした」

デビュー前に選んだ題材を再び描いたのは、「ねぶた師として経験を積んだ今、原点に立ち返って制作をしたらどんな作品ができあがるのだろうか」と思ったから。
そんな折、ちょうど公開されていた歌舞伎モチーフの映画を見に行ったところ、そこでは奇遇にも『二人道成寺』が演じられていました。これは運命だと思った麻子さんは、迷いなく2026年のねぶたのテーマを『道成寺』に決めたといいます。

では、物語の内容についてはどうでしょうか。麻子さんはこうお話してくれました。
「『道成寺』は、男性目線で書かれた物語。単純に解釈すれば『女性の恨みは怖い』という話で終わってしまいます。でも、もし清姫の視点で書かれたとしたら、ちょっと違う物語になると思ったんです」

「清姫の、裏切られた悲しみや情念みたいなものを描いても面白いのかなって。だから、情念を映し出す桃色や紫の桜を散りばめています」
大蛇の迫力と、清姫の切ない情念が同居する麻子さん独自の『道成寺』。テーマへの解釈を深め、表現をねぶたに落とし込んでいきます。

実は、父である北村隆さんが、初めてねぶたの賞を取ったのも『道成寺』。師弟の不思議な縁を感じるとともに、同じテーマでもどのような違いを見せてくれるのか、期待が高まります。

下絵から立体に ねぶたを形作る

高さ約7mにも及ぶ巨大なテント式の作業小屋「ねぶた小屋」

高さ約7mにも及ぶ巨大なテント式の作業小屋「ねぶた小屋」

下絵が完成した後、ねぶた師たちが「小屋入り」をしてねぶた制作がスタート。
青森に本格的な春が来る5月上旬、海を望む「ねぶたラッセランド」に、作業小屋「ねぶた小屋」が設営されます。ここに資材を運び込み、夏の祭り本番に向けた日々へと身を投じていきます。
「制作期間中は、1日7時間ずっと集中しっぱなし」と語る麻子さん。まさに自分との闘いが幕を開けるのです。

取材班がねぶた小屋の中に入ると、中は木材の香り。そして、麻子さんを中心に真剣に作業に取り組む制作スタッフたちの熱気で満ちていました。

「骨組み」の作業。角材と針金を組み合わせて立体にしていきます(撮影:成田恭平)

「骨組み」の作業。角材と針金を組み合わせて立体にしていきます(撮影:成田恭平)

最初に行うのは、ねぶたの骨格を決める「骨組み」の作業。
まずは角材の支柱でベースを組んでいき、そこから針金を駆使して、細かく複雑な構造を作り上げていきます。
麻子さんも「この段階でねぶたの躍動感や表情が決まる」と語るほど、妥協の許されない工程です。後から修正しにくいため、爪や牙のような迫力のあるパーツから、一見すると目立たないような細部まで、丁寧に手を入れて調整します。

職人の手で一つひとつ取り付けられた電球(撮影:成田恭平)

職人の手で一つひとつ取り付けられた電球(撮影:成田恭平)

骨組みの次に待つのは、内部に電球を取り付ける「照明」の工程。
形状や規模にもよりますが、1台のねぶたに使用される電球は平均約600~1000個にものぼります。
複雑な配線が必要になるこの作業は、電気工事士の資格を持つスタッフが担っています。
彼らは、ただ単に電球を取り付けるだけではありません。「灯りをともしたときに柱の影が入らないか?」「光の広がり方は均一か?」といった仕上がりの美しさを見据えて、絶妙なバランスで配置を計算しています。

「紙貼り」は熟練の技術と根気がいる作業です(撮影:成田恭平)

「紙貼り」は熟練の技術と根気がいる作業です(撮影:成田恭平)

「照明」が終わると、いよいよ「紙貼り」へ。
骨組みに和紙(奉書紙)を貼り付けていく重要な工程です。
針金に糊を塗り、和紙を貼り、余分な紙をカッターで切り落とす――文字にすると簡単に思えますが、実は熟練の技術を要する作業。一通り貼れるようになるまで3年、そしてねぶたの命ともいえる「面」の部分を任されるまでには、なんと10年もの歳月がかかるそうです。

麻子さんのねぶた制作チームには、この紙貼りを専門とするスタッフが約20人在籍しています。それぞれが長年培ってきた手腕を惜しみなく発揮し、躍動感あふれるねぶたの輪郭を鮮やかに浮かび上がらせていきます。

チーム一丸となった制作(撮影:成田恭平)

チーム一丸となった制作(撮影:成田恭平)

職人たちの絆と伝統のバトン

こうして、ねぶた師一人の力ではなく、各工程を極めた職人たちの手によってねぶたが形作られていきます。紙貼りを終え、立体となったねぶた。この後は「青森ねぶた祭」の夜を鮮やかに彩る「書割」や「色付け」の工程へと、制作はさらに熱を帯びて進んでいきます。


青森みちくさガイド「青森県観光物産館アスパム」

画像(左)青森県観光物産館アスパム、(右)Sweets Factory pampamのアップルパイ「パムパムアップル」

画像(左)青森県観光物産館アスパム、(右)Sweets Factory pampamのアップルパイ「パムパムアップル」

ねぶた小屋が並ぶ「青森ラッセランド」のすぐ近くに、三角型が特徴的な建物があります。
ここは「青森県観光物産館アスパム」。中には青森のお土産がずらりと並びます。
特におすすめなのが、館内にある「Sweets Factory pampam」のアップルパイ。毎日店内で焼き上げているので、タイミングが合えばできたてアツアツのアップルパイを楽しむことができます。
旅行やねぶた観賞の際にぜひ立ち寄りたい施設です。


【次回予告】

職人たちの技術と情熱を結集し、ついに白いキャンバスとなったねぶた。
制作はいよいよここから最終段階へと向かいます。
次回は、やり直しのきかない一発勝負の「書割」から、前例なき表現に挑む「色付け」の最終フェーズに完全密着。
墨の線にねぶた師の生き様を刻み、鮮烈な色彩で命を吹き込む――。
北村麻子さんがこれまでの歩みの中で育んできた独自の感性と、父から受け継いだ妥協なき信念へと迫ります。どうぞお楽しみに!

※本記事で紹介している内容は、2026年7月時点の情報をもとにしています。 最新情報は、公式サイト等でご確認ください。

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