夜の青森を練り歩く『道成寺』
ねぶた師・北村麻子さん独自の解釈を乗せて形作られた『道成寺』。
本連載では、下絵から骨組み、一発勝負の「書割」や「色付け」に至るまでの制作を追ってきました。
さらに第3回では、その熱狂を裏側から支え、未来へとバトンをつなぐ「縁の継ぎ人」たちにインタビュー。ねぶた文化を後世に残すための取り組みについて伺いました。
約1年間かけて形作られ、たくさんの想いを乗せたねぶたが、ついに青森の夜へと出陣する日がやってきました。
ねぶた師たちが生み出した渾身のねぶたと、それを愛し支え続ける人々の情熱。
そのすべてが重なり合い、熱狂が渦巻く青森の街へ。
連載第4回となる今回は、ついに動き出す大型ねぶたとともに、熱気あふれる祭り本番の様子をレポートします。
「台上げ」を経て、ねぶたは動く芸術へ
大人数で慎重に「台上げ」を行います(撮影:成田恭平)
色付けを終え、ついに完成間近の『道成寺』。
最後に行われるのは、巨大なねぶたを高さ約2mの台座に載せ、「山車(だし)」の形へと仕上げる「台上げ」の工程です。
2026年7月11日、天気はあいにくの雨予報。「北村麻子さんが魂を込めて制作したねぶたを、絶対に濡らすわけにはいかない」——あおもり市民ねぶた実行委員会の強い想いから、急きょ予定より早く決行することになりました。
台上げは、わずかな狂いも許されない一発勝負。40~50人が息をあわせ、声を掛け合いながら、巨大なねぶたを慎重に持ち上げていきます。ゆっくりと台座へと収め、ついに「山車」としての勇姿が完成しました。
この緊張の瞬間について、麻子さんは「台上げが一番怖いんです」と明かしてくれました。それは、落として壊してしまうことへの恐怖ではありません。「台座の上のねぶたを見上げたとき、自分が頭の中で思い描いていた通りの見え方になっていなかったらどうしよう」という、表現者ゆえの怖さ。
しかし、無事に台の上へと鎮座した『道成寺』を見上げると、その姿は圧巻の迫力と美しさを纏っていました。あとは、8月の青森ねぶた祭当日を迎えるのみ。安珍と清姫は、ねぶた小屋の中でその時を待ちます。
ねぶたの指揮者・扇子持ちが語る、運行の美学と重圧
白扇を手に、ねぶたの前で躍動する扇子持ち
宵闇の青森を練り歩く大型ねぶた。その先頭に立ち、手にした白扇でダイナミックに指示を出す男たちの姿があります。彼らこそが、ねぶたの誘導を一手に担う「扇子持ち」です。
ねぶたを安全かつ最も美しく観客に見せるための細やかな誘導と、曳き手・囃子方との連携が求められる重要なポジションで、いわば運行の「指揮者」。いったい彼らは現場で何を考え、どのような配慮を重ねているのでしょうか。
「あおもり市民ねぶた実行委員会」で扇子持ちを務める、副会長の小山田拓治さんにお話を伺うと、そこには想像以上の熱量と重圧がありました。
「扇子持ち」を務める小山田拓治さん
「青森ねぶた祭」で練り歩く人の数は、約12万人ともいわれます。
その中で扇子持ちを務められるのはわずか80名ほど。そのうちのひとり・小山田さんは10年以上の経験をもつベテランです。
扇子持ちの真の役割は「ねぶた師が1年かけてつくりあげたねぶたを、沿道の観客に最高の形でお披露目すること」。しかし、その華やかな立ち振る舞いの裏には、常に一歩間違えれば事故に繋がりかねない極限の緊張感が漂っています。
横幅約9m、高さ約5m、重さ約4トン。そんな大型ねぶたが街中に出ると、様々な障害が立ちはだかります。例えば、運行ルート上にある青森駅前のアーケード通り「新町通り」は信号や街灯も多く、大切なねぶたを傷つけてしまいかねない緊迫感。
しかし、ただ安全に通り過ぎるだけでは「最高の運行」とは言えません。
「制約だらけの道幅の中でも、観客の皆さんには最高の迫力を届けたい。だからこそ限界まで観客の目の前すれすれまで寄せて迫ったり、ダイナミックに回転させたりするんです」
この「攻めの演出」を支えているのが、扇子持ちに求められる卓越した空間把握能力と、チームをまとめるリーダーシップです。
「実は、ねぶたを動かす『曳き手(ひきて)』のほとんどは、地元の高校生たちなんですよ」と小山田さん。
ねぶたを力強く動かす曳き手ですが、障害物の位置やねぶた全体の動きは見えません。だからこそ、扇子持ちが全体の状況を一瞬で判断し、的確な指示で若い彼らを指揮しなければなりません。日頃から練習を重ねることで信頼関係を築き、本番への準備を進めているそうです。
扇子持ちの合図に応えて動く「曳き手」、感情を揺さぶる音色を響かせる「囃子方(はやしかた)」、そして歓声を上げて躍動する「跳人(ハネト)」――。職人の技と若者のエネルギー、そして観客の熱気がひとつになった瞬間、ねぶたは命を宿したかのような圧倒的なパワーを放つのです。
「チーム全体の連携や熱気も、ねぶたの賞を左右する重要な審査対象。最高の運行をして賞をいただくことができれば、団体全体の士気がグッと上がります。それが『来年はもっとすごい運行をしよう』というモチベーションになり、ねぶた文化を未来へ繋いでいく原動力になるんです」小山田さんは前向きに語ってくださいました。
北村麻子さん直筆「ONE TEAM」の文字が書かれた扇子
「2025年、麻子さんが扇子に『ONE TEAM』という言葉を書いてくださったんです。市民一丸となって活動する『あおもり市民ねぶた実行委員会』ならではのスローガンですね。今年も素敵な言葉を書いていただく予定ですが、どんな文字かは当日のお楽しみです」と小山田さんは目を細めます。
「麻子さんが魂を削ってつくったねぶたを、最高の形でお披露目したい」――。
白扇に情熱を込め、現場の最前線で祭りを魅せる男たち。今年も固い絆で結ばれたチームとともに本番の街へと繰り出します。
貸し切りの「ワ・ラッセ」で迎えた本番前夜
時は過ぎ、祭り前夜の8月1日。閉館後の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」を貸し切り、クラブツーリズム特別イベントが開催されました。
会場は、毎年ねぶた祭を楽しみにしているリピーターから今年初めて足を運んだという方まで多くのお客様で大賑わい。
イベントが始まると、まずは「あおもり市民ねぶた実行委員会」の囃子・跳人(ハネト)が登場。ねぶたの楽しみ方やねぶた祭に関わる話を伺いました。
続いて北村麻子さんがステージに上がり、ねぶた師本人による作品解説トークショーも実施。今年の『道成寺』に込めた想いや桜の色彩など、こだわりのポイントを伺う貴重な時間に、観客からは感嘆の声が絶えません。誰もが北村麻子さんのねぶたに期待を寄せ、本番の時を待ちわびている様子が見て取れました。
最後は囃子の演奏に合わせてハネト体験レッスンを行い、会場のボルテージは最高潮。
祭り本番を翌日に控え、一層本番運行への期待が高まります。
(左)「ねぶたの家 ワ・ラッセ」で開催された、クラブツーリズム特別イベント(右)館内に展示されていた、2025年・北村麻子さん制作のねぶた『役小角』(※2026年8月現在、展示は終了しています)
小屋出しから夜の運行へ。暗闇に浮かび上がる『道成寺』
小屋から街へ出陣。高架橋に当たらないよう、声を掛け合い慎重に運行します
夕刻、ついにねぶた小屋の幕が開き、ねぶたは青森の街中へと繰り出していきます。
高架橋や信号に当たらないよう、扇子持ちや曳き手たちが声を掛け合いながら慎重に進む姿は、圧巻そのもの。人力で細かな調整を重ねながら、ねぶたは定位置へと向かっていきます。
電球が灯り、迫力を増した『道成寺』
定刻になると、囃子の合図とともにねぶたに電球が灯りました。
昼の姿とは一変、さらなる迫力と美しさを身に纏った『道成寺』。
暗闇の中に鮮烈に浮かび上がるその姿を見て、沿道からも歓声が上がります。
運行直前、北村麻子さんと佐治会長、小山田さんが音頭を取り、今年のスローガン「偕楽」「共闘」の白扇を掲げて乾杯の挨拶が行われました。
「偕楽」とは、大勢の仲間や民衆とともに喜び、楽しむこと。これほどねぶた祭にふさわしい言葉はないでしょう。これから始まる約3時間の運行に向け、改めて気合いが入ります。
左から佐治会長、北村麻子さん、小山田拓治さん。「偕楽」「共闘」の白扇を持ち、運行前に激励の挨拶を行いました
協賛企業のユニークな前ねぶたも見どころ
19:00。囃子の演奏とともに跳人が踊り出し、いよいよ青森ねぶた祭が始まりました。
隊列の最前列を飾るのは、協賛企業によるユニークな「前ねぶた」。趣向を凝らした小型ねぶたが次々と現れ、沿道の観客を明るく和やかな空気で包み込んでいきました。
前ねぶたに続いて、囃子と跳人たちが躍り出ます。
心に響く太鼓や笛、手振り鉦の音色に合わせ、跳人たちが「ラッセラー、ラッセラー!」と叫びながら意気揚々と跳ねまわる——。沿道の観客までもが心沸き立つような熱気に、青森の街のボルテージが高まっていきます。
(左)「共闘」の白扇を振り、ねぶたを先導する小山田拓治さん(右)大勢のハネトたちも躍動(撮影:成田恭平)
威勢のいい行列が過ぎると、ついに『道成寺』が観衆へと堂々たる姿を見せました。狂おしいほどの情念を燃やし、大蛇と化した清姫が青森の夜を照らします。
扇子持ちが白扇を翻し、息をあわせた曳き手たちが一気に山車を回転させると、それまでの凄まじい迫力とは一変、背面の「送り絵」に描かれた、美しく切なげに佇む清姫が観客の目の前に現れました。
前面の「動」と背面の「静」。その対比を目にした観客から、割れんばかりの声援と拍手が送られます。
大勢の情熱をのせて練り歩くねぶたは、街全体を照らす光になり、人々の心を魅了していました。
(左)宵闇に浮かび上がる『道成寺』(右)送り絵に佇む清姫の姿が美しい
歓喜と熱狂に囲まれたねぶたの後方には、まるで我が子を見守るような慈しみの表情で、作品を見つめる北村麻子さんの姿。その眼差しは温かく、そして真っ直ぐにねぶたへと注がれていました。
温かな眼差しでねぶたを見つめる北村麻子さんの姿が印象的でした(撮影:成田恭平)
沿道からの大きな声援を受け、祭りは閉幕へ
8月5日の運行が終わると、大型ねぶたの出来栄えや運行の様子が審査され、上位のねぶたに賞が与えられます。
2026年、北村麻子さんは「優秀制作者賞」を受賞。さらに、「あおもり市民ねぶた実行委員会」も「商工会議所会頭賞」を受賞し、栄えあるダブル受賞となりました。
受賞を果たしたねぶたには、賞名が記された巨大な看板「受賞額」が取り付けられます。
1年間の集大成が評価された証として、この額を掲げて出陣することは、制作者や運行団体にとって大きな名誉なのです。
翌日の運行では、受賞額を飾ったねぶたが街を練り歩きました。沿道を埋め尽くした観衆から大きな歓声と惜しみない拍手が送られ、感動に包まれながら祭りは幕を下ろしました。
受賞額をつけたねぶた。跳人や囃子たちも誇らしげかつ、ホッとしたような表情を浮かべていました(撮影:成田恭平)
熱狂の中心へ。青森ねぶた祭参加体験記
クラブツーリズム社員も提灯持ちとして参加してきました!
青森ねぶた祭の特徴のひとつは、正式な衣装さえ着れば誰でも祭りに参加できるということ。衣装は街中でレンタル・着付けもできるので、気軽に参加できるのです。
今回、クラブツーリズム社員も「提灯持ち」として参加してきました。
「提灯持ち」とは、「手持ち提灯」を掲げて歩く案内・誘導役のこと。
プロの着付け師さんに着付けていただき、約15分で伝統的な衣装姿へ変身完了!
いざ衣装を身にまとって青森の街へと繰り出すと、沿道に集まった大勢の観光客や市民の方々からの視線を一身に感じました。「自分も今、この歴史ある祭りを動かす一員なんだ」という誇りと緊張感が芽生え、自然と背筋が伸びる思いでした。
手持ち提灯を持って隊列を歩きました
ハネトが歓声とともに縦横無尽に跳ね踊る一方で、提灯持ちは隊列の先頭に立ち街を練り歩くのが役割です。沿道の大きな注目や歓声は主役である「大型ねぶた」や「ハネト」に向けられますが、その熱狂の道筋を静かに照らし、先導していく達成感は、提灯持ちだからこそ味わえる特別な体験でした。
「観覧席から見るねぶた」も迫力満点ですが、一度隊列の内側に入ってみると、地元の方々との交流や、祭り全体がひとつになる圧倒的な一体感を肌で感じることができます。
提灯持ちは原則関係者のみの役割ですが、ハネトであれば事前登録なしで誰でも気軽に飛び込み参加が可能です(※正装衣装の着用が必要です)。せっかく青森ねぶた祭に来たのなら、隊列に加わり、祭りの一体感と熱気を肌で感じてみてください。
【次回予告】
ねぶたを撮影する観衆たち。今年も大盛り上がりの中、青森ねぶた祭は幕を下ろしました
8月7日、青森の夏を熱く盛り上げた「青森ねぶた祭」が閉幕し、街は静かな秋の訪れを迎えました。
しかし、ねぶたを愛する人々にとって、祭りの終わりは「次の夏」への始まり。
早速、未来に向けた制作が動き始めるのです。
次回はいよいよ、連載最終回。
見事「優秀制作者賞」に輝いたねぶた師・北村麻子さんをはじめ、祭りを支え続ける「継ぎ人」たちが描く、未来への構想と熱きメッセージをお届けします。
さらにエピローグでは、長年北村麻子さんの制作風景を見つめ続けてきた写真家・成田恭平さんが切り取る「今年のねぶた祭を象徴する一枚」とともに、この連載を結びます。
「ねぶた愛」に満ちた最終回、どうぞお見逃しなく!
※本記事で紹介している内容は、2026年9月時点の情報をもとにしています。 最新情報は、公式サイト等でご確認ください。