ねぶたに色付けをする北村麻子さん(撮影:成田恭平)
日本随一の熱気を誇り、毎年多くの人々を惹きつけてやまない「青森ねぶた祭」。観る者を圧倒するねぶたは、ねぶた師たちが1年間魂を込めて作り上げる至高の芸術品です。その工程には、無数のこだわりと情熱が息づいています。
連載第1回では、ねぶた師・北村麻子さんのねぶた小屋に入り、「紙貼り」までの工程を追いかけました。『道成寺』をテーマに描かれた麻子さんの下絵をもとに、熟練のスタッフたちが一丸となり骨組み・電球の設置・紙貼りを行い、白く美しいキャンバスと化したねぶた。ここから制作は佳境に入り、緊張感に満ちた大詰めの局面を迎えます。
今回は、ねぶた師ごとの個性が際立つ「書割」と「色付け」の工程にフォーカス。本番直前、1年の集大成が形になる最終フェーズです。
先人から受け継いだ伝統の技を礎にしつつ、麻子さんがこれまでの歩みの中で育んできた、墨と色彩に対する独自の感性を解き明かします。
下書きなしの一発勝負。魂の輪郭を描く「書割」(かきわり)
紙貼り後の白いねぶた(撮影:成田恭平)
紙貼りを終え、静まり返ったねぶた小屋の中に佇む、どこまでも白いねぶた。
そこに墨を入れる瞬間がやってきました。
「書割」は、武者の目鼻立ちや波打つ着物の模様を墨で描き出す、ねぶたの命ともいえる工程。驚くべきことに下書きなどはほとんどなく、筆で直接線を描いていきます。
たっぷり墨を含ませて「黒」を際立たせたり、時には筆をかすれさせて躍動感を表現したりと、技法を使い分けて描かれる線。ねぶた師の個性が光ります。
立体特有の凹凸がある和紙の上に線を走らせる麻子さんは、普段の穏やかな笑顔から一転、真剣な表情へ。和紙は一度墨を吸い込めば、修正することができません。書割は、まさに一発勝負なのです。
ねぶたに墨をのせる北村麻子さん(撮影:成田恭平)
「最初の線を引く瞬間と、面(顔)に墨を入れるときは、今もなお緊張します」筆を握るプレッシャーは、麻子さんがそう漏らすほど。代々の名工たちも向き合ってきたであろうその重圧を背負いながらも、ひとたび振り下ろされた筆先から生み出される線には、一点の迷いもありません。
墨の線は「人生の起伏」そのもの
墨の入ったねぶた。強弱のついた線が印象的(撮影:成田恭平)
描き上げた緩急に富んだ線を見ながら、麻子さんは静かに、しかし熱を帯びた声で語ってくれました。
「墨の線って、人の生き方を映すものだと思うんです」
「デビューしたばかりの若い頃は、墨の線がどういうものか、よく理解できていなかった。ここ何年かでようやく、その深みが分かってきました。それは『楽して生きてきた人には、いい線は描けない』ということ。墨の線は人生と同じで、太いところもあれば細いところもある。ゆったりと流れるときも、かすれるときもある……。ねぶた師の生き様が反映されるものなんですよ」
北村麻子さん
「デビュー当時のねぶたは、力が入りすぎている印象なんです。でも、その時でなければ作れない味だな、とも感じます」
自分の人生を映したねぶたを、愛おしそうに振り返る麻子さん。
——今の自分の線を見て、どう思いますか?
そう問いかけると、麻子さんは少し目元を緩め、「苦労してきた線だな、と思います」とはにかみました。
「女性初のねぶた師として、普通の人が感じないような大きいプレッシャーも味わいました。子育てしながらねぶたを作ってきた大変さも、仲間たちに支えられながら仕事を続けられた幸せも感じてきました。私の線には、そんな激しい人生の起伏が反映されているかもしれません」と、これまでの人生を回顧しながら思いを述べてくれました。
ねぶた独特の技法「蝋書き」で光を操る
蝋書き中の手元。蝋を塗った部分は光を透過します(撮影:成田恭平)
書割と同時に、ねぶた特有の技法で、極めて重要な「蝋書き(ろうがき)」が始まります。
溶かした熱い蝋(パラフィン)を筆に含ませ、和紙に模様を描いていくこの作業。蝋を塗った部分は染料を弾くため、このあとの「色付け」で色のにじみや混色を防ぐ境界線となります。
しかし、蝋書きの効果はそれだけではありません。
蝋を塗った部分は、灯りをつけた時に光を透過させ、明るく輝きます。
筆のタッチや蝋の濃淡によって光り具合が変わるため、繊細な調整が求められるそうです。
伝統の知恵が詰まった蝋書きを施され、電球が灯った夜のねぶたは、暗闇の中でひときわ美しく光り、色彩もより立体的に見える人形灯篭に変身。ねぶたに豊かな表情が生まれていきます。
北村麻子さん作 2024年のねぶた「鬼子母神」。宵闇に輝く姿が印象的
伝統を守りつつ、前例なき表現にも挑戦
いよいよ、1年の制作のフィナーレを飾る最後の工程「色付け」へ。
鮮やかな発色と光の透過性を出すため、専用の染料や水性塗料を使い、いくつもの筆とスプレーを巧みに使い分けてねぶたに華やかな彩色を施していきます。
色付け作業を見ていると、実際に色を塗る前の準備に時間をかけていることに気づきました。麻子さんは、水と塗料の配分を何度も何度も加減して、納得いくまで細かく調整を重ねます。「ねぶたは光を透過するから、インクの色味だけでなく、濃さ(水分量)も考えて作らなければいけないんです」と教えてくれました。
蝋書きと同じく、夜の運行でねぶたに光が入ることを想定して色付けを進めていきます。
色付けに使う染料。たくさんの色やブラシを使い分けます(撮影:成田恭平)
2026年のねぶたに描かれた桜。淡いピンクと紫の色彩が美しい(撮影:成田恭平)
第1回で麻子さんが語ってくれたように、今年のテーマ『道成寺』の鍵を握るのは、狂おしいほどの恋心ゆえに大蛇へと化してしまった清姫の「情念」。
すべて麻子さんのフリーハンドで描かれた桜は、清姫の悲しみや儚さを表しているといいます。従来のねぶたには見られない、華やかなピンクと哀愁を帯びた紫のグラデーションは、見る者の視線を釘付けにする繊細な美しさ。
この色彩センスの源泉を尋ねると、麻子さんは「実は、趣味のガーデニングで触れる花々からインスピレーションをもらっているんです」と答えてくれました。
父・北村隆さんからも「一流の作品を鑑賞しなさい」と言われてきたという麻子さん。映画や歌舞伎、美術展といった数々の芸術作品を自分の内に取り込んでいるそうです。
彼女の生きる日常のすべてが、次世代のねぶたを形作る糧となっています。
麻子さんは、ねぶたの伝統を受け継ぐのも大事と考える一方で、今を生きるねぶた師として「時代に合わせた表現も進化させていきたい」と語ります。受け継いできた確かな技術とインプットしてきた数々の芸術作品をベースに、独自の感性を掛け合わせ、前例のない取り組みにも挑んでいるのです。
「妥協しない」を信条に、高みを目指す
高い脚立を使って作業する麻子さん。地上からは見えにくいところも丁寧に筆を滑らせます(撮影:成田恭平)
色付けが佳境を迎えると、現場はさらに熱を帯び、緊迫感も増していきます。
麻子さんは高い脚立を何度も上り下りしながら、見落とされがちな高所にまで細かく筆を走らせていきます。
どこから視線を向けられても完璧であるように、細部まで徹底的にこだわるそうです。
麻子さんの情熱は、観客の前を通り過ぎたあとに見える背面「見送り」にも注がれます。
ねぶたの前面、大蛇と化した清姫の迫力あふれる姿とは対照的な、見送りの美しくも切なげな表情の清姫。この「動」と「静」の対比があるからこそ、ねぶたは360度どこから見ても完璧な芸術品として成立します。
観客の前を通り過ぎる一瞬でさえも人々を魅了し、どこから見ても完璧な美しさを放つこと。それこそが、ねぶた師としての矜持なのです。
その360度死角なきこだわりを支えているのは、師の教えでした。
「私が大事にしているのは、父の『やるんだったら徹底的にやれ』という言葉です」
幼い頃から、ねぶた師である父・北村隆さんが作品に命を吹き込み、心の底からねぶた制作を楽しむ姿を一番近くで見てきた麻子さん。師事してからも、全力で制作に取り組む姿に影響を受け続けてきました。師から伝えられたねぶた師の信条を胸に、表現者として妥協せずに作品づくりに取り組んでいます。
「ねぶた愛」が青森市民の希望を生み出す
チームで連携しながら、全力で作業を進めていきます(撮影:成田恭平)
ねぶた制作に全力をあげる原動力について尋ねると、麻子さんは青森という土地ならではの事情について語ってくださいました。
「青森は冬の期間が長くて、とても雪深い場所です。でも、『夏になればねぶた祭が待っている』と思えば、どんなに辛い冬だって乗り越えられる。ねぶたは、私たちの生きる希望なんです」
「青森市民の皆が全力でねぶた祭を楽しむように、私も全力で楽しみながらねぶたを作り続けたい。一台でも多く、人を惹きつける作品を生み出すのが目標ですね」
自らの人生を投影しながら作られる、北村麻子さんのねぶた。伝統や想いを受け継ぎながらも、新しい表現も追求しているその筆先には、青森を照らし、人々の心を躍らせる本気の「ねぶた愛」が満ちあふれています。
青森みちくさガイド「市場を回って作る、自分だけの『のっけ丼』」
画像(左)「のっけ丼」の一例、(右)新鮮な魚介から好きな具材を選びます
青森を訪れたら絶対に外せないのが、豊かな海の幸です。
青森駅から徒歩約5分の場所にある「青森魚菜センター」では、好きな具材を少しずつ選んで作る、名物の海鮮丼「のっけ丼」が大人気!
楽しみ方はとてもシンプル。まずは受付で食事券(チケット)を購入し、市場内をぐるりとめぐりながら、券と引き換えにお好みの具材をどんぶりに乗せていきます。
例えば「マグロの赤身なら1枚」「大トロなら2枚」というように、ネタによって必要な枚数が異なるのも面白いところ。お気に入りのネタだけで埋め尽くすのか、奮発して高級食材を並べた贅沢な一杯に仕上げるのか、迷いどころです。
家族や友人と「どんな丼になった?」と見せ合いながら味わえば、旅の楽しい一幕となるでしょう。
【次回予告】
青森ねぶた祭を動かす熱気は、ねぶた師だけの力で生まれるものではありません。
その舞台裏には、祭りの熱狂に魅せられ、伝統を次の世代へ繋ぐためにすべてを懸けて奔走する人々がいます。
次回は、制作の現場から一度視点を変え、祭りを支える「縁の継ぎ人」たちにインタビュー。
人の輪を広げる人、文化へ迎え入れる人、そして旅を通じて感動を届ける人。
異なる3つの立場から青森ねぶた祭を支える彼らの本音と、100年先へ祭りを繋ぐための熱き想いを紐解きます。どうぞお楽しみに!
※本記事で紹介している内容は、2026年7月時点の情報をもとにしています。 最新情報は、公式サイト等でご確認ください。
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シリーズ「ねぶた愛」
100年先につなぐ「ねぶた愛」 第1回「ねぶたに命を吹き込む」
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