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熊本城について

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熊本城

名将加藤清正(かとうきよまさ)が幾多の実戦の経験を生かし、慶長6年(1601年)から7年の歳月と、心血を注いで築城したものです。
城郭の形式は、梯郭式平山城。大小天守閣をはじめ、櫓(やぐら)49、櫓門18、城門29を数え、城郭の広さは約98ha(東京ドーム21個分)、周囲約5.3kmにも及ぶ豪壮雄大な構えで、清正流石垣と呼ばれる優美な石垣と、自然の地形を巧みに利用した高度な築城技術で知られています。石垣は、始め緩やかな勾配のものが上部に行くにしたがって垂直に近くなる「武者返し」と呼ばれる形状の石垣を多用しています。

1877年西南戦争で一部焼失しましたが、1933年に熊本城全域を史跡に、建造物を国宝に指定され、1960年熊本城天守閣が復元され現在の熊本城となっています。

本丸御殿

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当時の本丸御殿は、行政の場や生活空間として利用されていました。本丸御殿も西南戦争で焼失したため、2005年から江戸時代から残る絵図や文献、古写真、発掘調査・復元工事が進められてきました。
大広間(対面所)、数寄屋(茶室)、大台所等、復元工事も着々と進み、2008年春、本丸御殿創建時の様相を取り戻しました。
復元された中で最大の部屋である60畳の「鶴之間」や、発掘された石を使用した大御台所の囲炉裏、などが見所になっています。

名城コラム

【当時の生活が垣間見られる上級武家屋敷】

城内三の丸に建つ「旧細川刑部邸」は、細川家3代で肥後藩初代の忠利の弟・刑部少輔興孝が興した細川刑部家の屋敷で、1990年から4年をかけて移築された。表御書院に2階建ての「春松閣」、茶室や御宝蔵などを備え、全国でも有数の上級武家屋敷としての格式を持ち、熊本県の重要文化財に指定されている。邸内では、当時の生活用具など貴重な品々が見られるほか、整った庭園も素晴らしい。

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