星空の価値に気付いた、たった一人の日本人

渡辺:小澤さんはデカポ湖に暮らして20年以上経つそうですが、初めて星空を見た印象はいかがでしたか。

小澤:それはもう、衝撃的とさえいえる美しさでした。こんな星空は見たことがない、そう思いました。

渡辺:日本の星空とどのような違いがあるのでしょう。

小澤:ニュージーランドは南半球にあるので、日本の星空とはずいぶん違います。天の川は地平線に降りてきます。テカポ湖の天の川を見ると"天球"という言葉が理解できます。

渡辺:小澤さんはこの星空をユネスコの世界遺産に登録する活動をされていますね。

小澤:実は、ユネスコの世界遺産条約に星空は含まれていないのです。そのため、テカポ湖を星空がきれいに見える「宇宙への窓」として、世界遺産登録を目指しています。現在、テカポ湖を含む広大なエリアは国際ダークスカイ協会により星空保護区に認定されており、証明規則など光害を防ぐ取り組みも続けられています。

渡辺:一方、違うアプローチでも星空を世界遺産にする方法を考えておられると聞きました。

小澤:ええ。例えば、テカポ湖に近いアオラキ/マウントクック国立公園は氷と雪の世界自然遺産ですが、氷河が残した大地としてテカポ湖も世界遺産の範囲に加え、そこにも星空も含ませることが可能ではないかと考えています。

渡辺:日本人である小澤さんが始めた取り組みを、地元の人はどう考えているんでしょうか。

小澤:地元の人にとって星空は特別なものではなかったので、最初は誰にも相手にされませんでした。農業を持続するための環境や絶滅危惧種の動植物など、守るべき物は他にありますし、何より人々の生活の向上も考えなければいけません。

渡辺:様々な想いを汲み取りながら、星空の価値を広めてきたのですね。

小澤:今は地元の人の認識も世界有数の美しさであることが理解されていると思います。

20年前のクラブツーリズムツアーのお客様の言葉で始まったテカポ湖の星空ツアー

渡辺:テカポ湖では特別ではなかった星空を、あえてツアーにしようと思った切っ掛けは何だったのですか。

小澤:それは、20年ほど前に行われたクラブツーリズム(※当時:近畿日本ツーリスト)のツアーなのです。参加されたお客様が夜空を見上げておっしゃった「南十字星はどこだ?」という言葉にハッとさせられました。

渡辺:クラブツーリズムのお客様の言葉がヒントになったのですね。

小澤:そうです。当時、テカポ湖に宿泊するツアーは今と違いほとんど無くて、唯一クラブツーリズムのお客様が週に1度だけ宿泊されていました。それに合わせて星空観測ツアーも行われるようになったのです。

渡辺:テカポ湖の星空観測ツアーは、クラブツーリズムのツアーとともに歴史を歩んできたのですね。

小澤:当時は肉眼で眺めるか、小さな望遠鏡で観測するだけでしたが、今は小高い丘にある天文台の大きな望遠鏡で星空を観察できます。星雲や土星の輪なども観察出来るようになりました。

渡辺:テカポ湖には多くの天文台があり、日本の名古屋大学の研究施設もありますね。

小澤:名古屋大学にある太陽地球環境研究所がニュージーランドで一番大きな望遠鏡を持っています。私たちアース&スカイでもこのプロジェクトに5人の観測員を出して一緒に観測をすすめています。具体的に探しているものはブラックホールや太陽系外惑星で、他の惑星に宇宙人がいる可能性を探ったりしています。惑星は光を出していないので、地球上の望遠鏡ではほとんど観測できない明るさなのですが、名古屋大学が開発したシステムを使うと光を出さない天体も観測できるのです。結果、ブラックホールのようなものも見つけることが出来るのではないか、と期待されています。

“賑やかな星空”天の川の全貌が見える4〜8月の秋冬がベストシーズン

渡辺:ブラックホールや太陽系外惑星なんて聞くとスケールが大きいですね。ところでテカポ湖で星空を最もきれいに見るには、どの季節がおすすめですか。

小澤:やはり、空気が澄んでいる秋冬ですね。南半球の秋冬は4月から8月、その頃の星空は一番見応えがあります。なんといっても、冬の星空は賑やかですよ。天の川が360度繋がって、一晩中ぐるぐるまわっているのが見えます。天の川は季節で見える部分が違うのですが、特に冬は一番星の多い部分が真上にきます。これは、緯度が南極に近い、ニュージーランドだから見える光景です。

渡辺:賑やかな星空、見てみたいですね!現地の星空観測ツアーのきっかけになった南十字星も見えますか。

小澤:はい、南十字星は頭の真上に見えます。しかも、十字がきれいに立って見えるのはこの季節だけなのです。

渡辺:秋冬は星を見るには絶好のチャンスなのですね。天文ファンならずとも見逃せない季節ですね。

小澤:秋や冬は、星を見るというより銀河系全体が頭の上に表れる感じです。この星空と向き合っていると、宇宙はひとつの意志を持った存在であり、私もその細胞の一部であるような、不思議な感覚にとらわれます。

渡辺:そういう神秘的な感覚にとらわれてみたいですね。ところで、秋や冬のテカポ湖には星空以外にどのような魅力がありますか。

小澤:秋は黄葉がとてもきれいですよ。また、テカポ湖の畔には石造りの美しい「善き羊飼いの教会」がありますが、冬の朝方は湖面から沸き立つ朝靄に包まれ、とても幻想的な光景です。テカポ湖は大自然と人の生活圏の狭間にある土地ですが、冬になると人の生活圏まで大自然に覆われる感じです。私は自然をより身近に感じる冬が大好きなのです。

渡辺:冬は宇宙と自然との一体感を得られる特別な季節なのですね。クラブツーリズムでは2015年7月に好評をいただいた小澤さん同行の特別ツアーを今年もご案内する予定です。参加されるお客様は勉強家の方、写真好きの方も多く、何よりも現地で小澤さんのガイドのもと星空の話を聞けたことにご満足いただきました。クラブツーリズムとしても今後もツアーを通して、小澤さんの取り組みを応援させていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

小澤:よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

テカポ湖ってどんなところ?
ニュージーランド南島のほぼ中央、クライストチャーチから車で約3時間の距離にある人口約400人の小さな町。ミルキーブルーの美しい水を湛えたテカポ湖の畔にあり、春から夏にかけては美しいルピナスの花に彩られます。晴天率が高く、空気が澄んでいることに加え、周辺に大きな都市もないことから、世界有数の天体観測地としても知られています。

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「Earth&Sky」の代表 小澤ひでさん
南十字星は夜空の羅針盤です。マオリの人たちへは、大公開に必要な方角や位置を教えてくれました。
また、ニュージーランドに暮らす私達に、季節の移り変わりを知らせてくれます。
南十字星が頭の上に見えたら冬。逆立ちして空低いところにあったら夏です。
夏から秋になると、空高く昇り横向きになります。天頂にあった南十字星が下がりだすと春がやってきます。
ニュージーランドに来たら、南十字星の見え方を確かめてください。テカポで皆様にお会いできる日を楽しみにお待ちしております。
星空観測ツアー会社 Earth&Sky
Earth&Skyは2004年にスタート。カンタベリー大学マウントジョン天文台の一般開放業務を引き受け星空ツアー始めました。2006年、山頂にカフェを開き、天文学デイツアーも行っています。