クラブツーリズム TOP「旅の友」Web版【中部・東海版】ツアー同行レポート 静岡県の日本100名城「掛川城」「山中城跡」「駿府城」

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「旅の友」中部・東海版12月号に掲載。 ※東日本版、関西版は、記事内容が異なります

旅の友web版12月号

「旅の友」Web版12月号

連載企画 ツアー同行レポート 静岡県の日本100名城「掛川城」「山中城跡」「駿府城」

群雄割拠の時代に生きた武将たちの足跡や城下町の暮らし、文化など、日本の歴史をいきいきと伝える全国各地の城郭。今回は日本100名城※に選定された静岡県の城郭をめぐる旅の様子をご紹介します。※公益財団法人日本城郭協会の選定

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今回の見どころはココ!

山中城跡 小田原攻めに半日で落城した箱根の山城

 箱根山の西、標高約580mの地に、小田原を本城とする北条氏が築いた山城。国境警備のため「天下の瞼」とうたわれた箱根の地形を利用し、石を使わず空堀や土塁で整備された城は、箱根街道の関所も担っていました。しかし天下統一を目前にした豊臣秀吉の小田原征伐で、総攻撃を受けたのが天正18年(1590年)3月。この時山内一豊らが率いた約4万とも7万ともいわれる征伐軍に対し、北条の兵力はわずかに約4000。善戦むなしく半日足らずで落城してしまったと伝わります。

現地ガイド(右端)の案内で山中城跡を見学しました
城跡に置かれた箱根旧街道の道標「障子堀」といわれる四角い空堀ガイドの示す方向には富士山が見えました

駿府城 徳川家康が大御所時代に居城

復元された巽櫓内部駿府城に君臨した徳川家康
東御門と巽櫓(左)。「天下普請」で石材が異なるため石垣の色も異なります

 岡崎時代の徳川家康が駿河今川氏の人質として「松平竹千代」の幼名時代を過ごした駿府城。その後、江戸幕府を開き慶長10年(1605年)に将軍職を2代秀忠に譲った後、再び駿府城を居城とします。慶長12年(1607年)駿府城の拡張工事は「天下普請」といわれ、全国から資材が取り寄せられ、職人が集められました。同時に士農工商の身分制度に基づく町割りが計画され、江戸時代の城下町はここ駿府が最初ともいわれています。

幕藩体制の基礎を固めた駿府城の徳川家康

掛川城 東海の名城と称された美しい天守閣

 遠州(現在の浜松市から大井川までの地域)支配の拠点として、今川、徳川、山内氏と名だたる戦国武将たちが城主となりました。長浜から移った山内一豊が天正18年(1590年)に築いた天守閣は「東海の名城」と称され、約140年ぶりとなる平成6年に当時をしのばせる木造で再建されています。二の丸に建つ城郭御殿は全国でも4カ所しか現存しないうちのひとつ。とても貴重な建築で当時の藩主の暮らしや、文化をうかがうことができます。

天守閣をバックに記念撮影
天守閣最上階から見下ろす掛川市街大手門をくぐる旅仲間優美な姿を見せる掛川城天守閣
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