クラブツーリズム TOP > 海外旅行を探す > アジア > インド旅行(ツアー)特集 > 観光地ガイド
ムガール帝国王妃の白亜の霊廟。大理石に宝石、貴石を散りばめて建造美しい建物で、イスラム建築の至宝とも言われ、インドで最も人気のある世界遺産です。造営したのは、ムガール帝国最盛期の第五代皇帝シャー・ジャハーン。最愛の妃、ムムターズのため、帝国の財力を注ぎ込み各国から宝石、貴石を取り寄せ、22年の歳月を費やして築きました。
ムガール帝国でただ一人「大帝」と呼ばれた第三代皇帝、アクバル帝によって1565年壮大なアグラ城の建設が始められました。息子に皇帝の座を追われ城の塔内に幽閉されたシャー・ジャハーンが、7年間、最愛の妻ムムターズ・マハルの霊廟タージ・マハルを日夜眺め続け、この世を去った所としても有名です。
中世北インドに侵入したイスラム教勢力が建立したモスクと尖塔などの遺跡。クトゥブ・ミナールと呼ばれる尖塔は、高さ72.5メートル。本来は礼拝の呼びかけをするものですが、戦勝記念の勢力誇示の意味もあって建造されました。外壁には聖典コーランの文字が刻まれています。
ムガール帝国が最初に建造したペルシャ系イスラム様式の壮麗な墓廟。二代皇帝フマユーンの死後、妃が建立したのがこの廟です。白大理石と赤砂岩で造られた壮麗な廟は、タージ・マハルの粗型になったと言われています。
オールドデリーのシンボル、赤砂岩でできた壮大なレッド・フォート城。堅牢な城壁の中には伽話に出てくるような宮殿や、ムガール朝の皇帝達が宝石のはめ込まれた黄金の孔雀の王座に座っていた謁見の間のディワン・イ・カスなどがあります。
ジャイ・シンは優れた占星学者でもあり、膨大な量の煉瓦やモルタルを使って、目を見張るほど精密なジャンタル・マンタル(天文台)を建てました。目的の異なる観測のために造られた装置、例えば星の位置や高度、方位、時間、そして日食や月食を観測するものなどがあります。いずれも約300年経った今でも、ほぼ正確に観測することができています。
アグラから少しはずれたところにある広大なファテープル・シクリは、ムガール帝国第三代皇帝アクバルが16世紀の中頃築いた都城。アグラに飽きた皇帝アクバルは、ファテープル・シクリに遷都しましたが、水不足のため数年で立ち去らざるをえませんでした。要塞、大門、宮廷などが、完全な保存状態で残っています。
由緒ある古代都市ベナレスは、ヒンドゥー教徒の世界の中心。崇高な巡礼地、そして信仰の小宇宙の中心地として、無数の見どころがある荘厳な町です。ガンジス河は、天国から流れ出て人類の世俗的な罪を洗い流すと信じられています。罪を洗い流すために沐浴をする姿も。
最大の魅力は、建造物に所狭しと彫られた彫刻。男女一対のミトゥナと呼ばれる男女交合像と、そのバラエティに富んだポーズは、インドの聖典「カーマスートラ」の世界とも言え、エネルギッシュさに圧倒され、おおらかさに感心させられます。
古代インド第一級の仏教遺産。幅約600mわたって断崖を穿って建造されたインド最古の仏教石窟群です。未完成窟を含めて29 窟あり、その規模と美術的価値から、仏教石窟寺院としてインドでも第一級と認められ、とくに壁画は、現存する古代インド絵画の最高傑作と言われています。
古代インドに栄えた仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の三つの宗教が、巨大岩盤に綿々と掘り続けた最大規模の石窟寺院。ひとつの岩から掘り出された彫造物としては、世界最大の寺院堂塔。600年代から1000年代にかけ、それぞれ100年以上にも及ぶ長い歳月を費やして造られました。
ムンバイ湾に浮かぶ緑の小島、エレファンタ島に残された古代ヒンドゥー教寺院遺跡。この石窟寺院が彫られたのは、5世紀中頃から8世紀の中頃。石窟は全部で7窟。さまざまな表情のシヴァ神やその説話などの浮き彫りが見られます。これらはみな美的水準が高く、古代ヒンドゥー教石窟彫刻の傑作の一つに挙げられています。
イギリス統治時代の19世紀後半に建てられた、コロニアル建築の鉄道駅。今もなお機能している施設。長い間ヴィクトリア・ターミナスと呼ばれてきたが、英領時代のネーミングをインドの言葉に置き換えようという運動によって、今では チャトラパティ・シヴァージー・ターミナスと名称変更されています。
インド北部のネパール国境とブータン近くアジア最古の山岳鉄道、ダージリン・ヒマラヤ鉄道。1881年に開通し、今も現役で走る世界でもっとも小さいとされる機関車。かわいい車体から、“おもちゃの汽車(トイトレイン)”とも呼ばれています。今も100年前となんら変わらぬ姿で山の鉄路を駆け抜けます。
菩提樹の下で深い瞑想を続けたブッタが、ついに覚りを開いた場所。仏教徒にとっては最高の聖地です。大菩提寺(マハーボーディ寺院)には、高さ52メートルの大塔を中心に、裏手に釈迦が瞑想して悟りを開いた菩提樹と金剛宝座が祀られています。
アショカ王の仏塔が残っているため仏跡の一つとして知られています。遺跡の中央部にある大ストゥーパ第1塔は直径37m、高さ約16mで迫力があります。
数百ある洞窟に、中石器から有史時代までの色鮮やかな古代の人々の岩絵が残されているのですが、岩絵の正確な編年はまだわかっていないそうですが、最古のものは一万年以上前のものだと言われているそうです。
16世紀にポルトガルの支配地になってから「黄金のゴア」として繁栄しました。今でもその面影を残すキリスト教建築群が街中をつらねています。パナジ教会、ボム・ジャズ教会などの見所があります。
14世紀前半から建設が始められた南インドのハンピの都市遺跡。ヒンドゥー教のヴィジャヤナガラ王国の首都であり、 王宮や寺院が造営されました。16世紀半ばにイスラム勢力によって滅ぼされましたが、大都市を形成していました。世界の名高い都市遺跡に並ぶ壮大な都市だったといわれています。
13世紀、インド東部のコナーラクに、ヒンドゥー教の太陽神スーリヤを祀る寺院として建立されました。スーリヤは太陽の神様で、7頭引きの馬車に乗って、日々、東の空から西の空へ駆けるのだといわれています。太陽神寺院は、建物自体をスーリヤが乗る馬車に見立てた巨大な寺院なのです。
貿易港として栄えた南インドのベンガル湾に臨む港町、マハーバリプラム。インド中世建築発祥の地とされており、数多くの石造寺院や彫刻が残っています。その中でも、マハーバリプラムの海辺に建つ 「海岸寺院」は象徴的な遺跡です。「海に飲み込まれた古代遺跡」の伝説もある古代浪漫ある遺跡です。
※このサイトで使用している写真・イラストはすべてイメージです。