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南極点到達を目指した探検家たち

1895年から1915年にかけて南極探検が盛んに行われていた時代です。この頃の南極探検は、私的探検ではなく南極という未知なる地への探究心・知識を深めることを目的としたものでした。南極という厳しい自然環境のもと、人力か犬ぞりにて南極点を目指す過酷な旅を続けます。その勇気と献身的な活動が人々の心を捉え、南極探検を目指した者は、無事に生還したか否かにかかわらず国際的な英雄として敬意を表されることとなります。

ロアール・アムンゼン

ノルウェーの探検家。1909年のピアリー北極点到達を知り目標を南極点に変更。1911年12月14日、ついに人類初の南極点到達を果たした。その後、航空艇による北極点横断を行い、人類初の両点到達を果たした探険家となる。1928年北極圏で遭難したイタリア探検隊を捜索に出向き、行方不明となる。

ロバート・ファルコン・スコット

英国海軍士官。1901年から04年にかけての第1回南極探検で極点まで733キロの位置に迫り、地質学・動物学に関しての学術調査にも成果を挙げた。極点到達を目指した第2回探検では、1912年1月17日(18日という説もある)極点到達を果たしたが、アムンゼンの極点到達から1ヶ月後であることを知り、失意に覆われた帰途、遭難し死亡。

白瀬矗

旧日本陸軍中尉。秋田県由利郡(現在のにかほ市)出身。千島探検を経て、当初、北極を目指すがピアリー北極点到達を聞き、南極に目標を定める。資金調達に苦慮するが、国民の熱狂的後押しを受けて出発。1912年1月28日には、南緯80度5分、西経165度37分まで到達するも、それ以上の前進はかなわず極点到達を断念。この地を“大和雪原”と名づけた。


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